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南米の奥地に日本人村が存在する,,,「トメアス移民」と「ボリビア移民」の苦悩とは

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トメアス、ボリビア、移民、新しい生活、日本人村

戦前日本から遠い南米の地へ渡った、日本人たちの歴史を今日はご紹介します。

今でも地球の裏側で当時日本から渡った人々が、南米の地に暮らしています。

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当時幼かったけれど、うまい話しを持ちかけられ、慣れない環境で全て一から生活を切り開いていった人々の苦悩が伺えます。

トメアス移民

1929年7月24日、モンテビデオ丸が日本人移民42家族189人(単身者9人を含む)を乗せて神戸港を出港。
1929年9月22日、約2カ月の航海を経てトメアスに入植。

トメアスは、アマゾン河の都市河口の都市パラ州の州都ベレンより南へ約230Km離れた所にあります。
ブラジル北部の日本人入植地としては最も歴史が古く、現在でも300戸余りの日系人家族が暮らしています。

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ボリビア移民

1899(明治32)年2月27日、ペルーへ向う790人の日本人移民が「佐倉丸」(日本郵船会社)で横浜港を出港。
1899年4月3日にペルーのカリャオ港に入港。

移民団を組織した森岡 商会という移民会社と結んだ契約内容は「ペルーの甘蔗耕地あるいは精糖工場で4年間働き、その報酬として一ヵ月2ポンド10シリング(約25円)に相当するペルー貨を支給される」というものだった。
しかし、ペルーの受け入れに対する認識不足と、日本人側の言葉やペルーの予備知識の不足などによって、両者の間で何度も対立が起こり、移民の中には逃亡するものも少なくなかった。
こうしたペルーから逃亡した移民の中で、4,000m以上ものアンデス山脈を越えてボリビアへ再移住した人々が、ボリビアへの最初の日本人移民となった。

ボリビア多民族国(Estado Plurinacional de Bolivia)

■首都:スクレSucre(事実上の首都は政府中枢機関のあるラ・パスLa Paz)

■時差:−13時間

■ビザ:観光目的ならビザは不要。
1回の滞在期間は30日まで、90日まで延長が可能。
延長料と申請代は入国から90日まで無料。

■人口:約977万人

■面積:日本の約3倍。
3分の1近くをアンデス山脈が占め、国内の主要都市の半分近くが標高2000~4000mに位置している。

■民族:ケチュア族
アイマラ族のインディヘナ(先住民)55%
メスティソ(先住民とヨーロッパ人の混血)32%
ヨーロッパ系12%
そのほか1%(南米のなかでも特に先住民の人口が多い)

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最後に

私自身海外移住を検討していて、個人的にとても興味深い内容だったので、今回まとめてみました。
この2つの事例は現在と昔で状況が多少違いますが、未知の世界で新たな生活を送るということは、大きな決断と勇気ががいったことでしょう。
この船に乗った人々はどんな心境だったのでしょうか,,,
土地を開拓してそこで生活を始めた苦労は計り知れないものだと思います。
南米に訪れる際、興味があればこの街に是非寄ってみることをおすすめします。

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