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高台のお屋敷と最上階マニア!どうして、お金持ちは高いところに住むのか

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つい最近、品川・大崎・五反田の周辺を散策して気がついたのですが、山手線を結ぶちょうど三角形の内側は閑静な住宅街が広がっています。

それも一件一件の敷地が広く、この辺りを通る車も高級車ばかり。

品川区の御殿山、島津山、池田山などは、いわゆる「城南5山」と言われるエリアです。

高い場所にあるので電車の音や幹線道路の騒音はなく、静かで落ち着いた生活がおくれるに違いありませんが、時には非常に険しい坂もあります。

通学する子どもやちょっとした買い物の時は大変そうです。

そもそもなぜ高いところにお屋敷ばかりがあるのでしょうか。

江戸時代の身分・階級制度

歴史は江戸時代まで遡りますが、都心部の土地は江戸城を別にすると、武家地、寺社地、町屋の3種類に分かれます。

さらに郊外に広がるとそこに農地が加わります。

これは当時の、身分、階級によっての住み分けによるもの。

川沿いの湿っぽい場所よりは身分の下の農民などが住み、地盤がしっかりとした高台に偉い人が住んでいました。

高い場所は眺めもいいし、日当たりもいい。

ずば抜けてすばらしい眺望、自分の上には誰もいないという優越感を一人味わっていたのかもしれません。

城南5山

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明治時代以降は、高台のお屋敷が大学や役所、大きな病院などに転用されました。

元々のブロックが大きいので、分割されてる敷地面積も大きくなります。

先ほどご紹介した「城南5山」は花房山、池田山、島津山、八ツ山、御殿山のことをさします。

例えば、関東病院がある品川区東五反田5丁目に位置する小高い丘が池田山(いけだやま)。

明治維新以後も池田山は池田公爵邸として使われていましたが、大正の末頃から敷地の大部分は高級住宅地として開発、分譲されました。

桜田通り(中原街道)を挟んだ仙台伊達藩の下屋敷が島津山(しまづやま)です。
明治時代に島津伯爵が購入、後に日銀を経て清泉女子大に売却、現在に至っています。

現在このあたりの土地には「プレミアム住宅街」と名前が付けられ、高値がついています。

安全な場所は高い

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高い場所は快適なだけでなく、安全な場所でもあります。

東京では主に山の手エリアが固くて丈夫な地層です。

しかし、全てがということでもないようです。

川、池、窪、沼、流、崎、泉、谷などと付いていれば低地。

山、台、丘などとあれば高地というように、地名には土地の高低から名づけられたものが多くあります。

首都圏でも江戸時代、明治時代など、古くからのお屋敷街には山や台などという高台であることを示す地名の場所に多く見られるのです。

やっぱり最上階を目指す

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大崎駅周辺はタワーマンションや高層ビルが続々とオープンしています。

通常、マンションの価格は真ん中くらいの階を基準とし、上下に少しずつ価格を変える設定になっています。

もちろん平米数や、向きなど他の条件も加味し、規則正しいルールに則って価格は設定されています。

しかし、最上階とその下の数階には規則はなく、いきなり価格が跳ね上がります。

それでも最上階マニアのようなお金持ちは、最上階あるいはそれより1階、2階くらい下の場所を好みます。

タワマンに住むのにわざわざ下の階を選ぶなんて考えもしないでしょうね。

あとがき

住環境として優れた高い場所に広い土地、由緒ある地となれば、地価が高いのは当然のこと。
それが現在お屋敷街になっているのは当たり前のことです。
筆者には全く別世界の話ですが、歴史的を辿ってみると、さらに面白く興味深くもあります。

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